片面縫取織との出会い
先日、グアテマラの織物を見る機会に恵まれました。そこで目にしたのが、片面縫取織[かためんぬいとりおり]という伝統技法です。展示者の方によると、「織物の裏を見れば、織られているのか刺繍なのかを見分けることができるので、機会があればぜひ見比べてみてください」とのことでした。
「すくい」技法とは
織物技法の「すくい」には、「縫い取り」と「つづれ」という2つの代表的な技法があります。経糸を準備し、緯糸を柄に応じて経糸をすくっていく――この動作から「すくい」という名が生まれたと考えられます。
「縫い取り」と「つづれ」の見分け方
織物の緯糸で柄を表現する場合、組織を作る糸を地糸[じいと]、生地の柄を表現する糸を絵緯[えよこ]と呼びます。この「絵緯」を用いることで、刺繍のように柄を表現できます。
「縫い取り」と「つづれ」の見分け方は明確です。「つづれ」には緯糸の「地糸」がなく、「縫い取り」には地糸があります。「縫い取り」では、「絵緯」を端から端まで通さず、柄を出す部分だけに使うことが特徴です。よくある織物規格では、経糸と地糸の色を同じにし、絵緯の糸をカラフルにします。
「つづれ」は地糸が「ない」と書きましたが、正確には「地糸を兼ねる」とすべきでした。横方向に地糸がないと組織できず、織物になりません。地糸を兼ねることが「つづれ」の柄表現における制約条件となります。
技法の歴史的背景
これらの技法は、刺繍に対抗して織物で柄(意匠)を表現するために進化しました。従来、織物組織は「平―綾―朱子―特殊組織」という枠組みで語られてきました。しかし、組織論を一旦脇に置き、「糸をどうすくうか」という視点で製織技術を見直すと、新たな理解が得られます。例えば、①平しか織れない手機でも、糸の拾い方で柄を表現できる、②斜め方向に規則的に拾えば綾が織れる、③部分的に拾えば「縫い取り」になる。このような技法は古くから使われてきた織物の意匠表現の技法なのです。
では、力織機では「縫い取り」や「つづれ」はできるのでしょうか。シャトル織機とレピア織機に分けて考えていきます。
「縫い取り」 力織機(シャトル織機)の場合
シャトル織機では、緯糸を耳として組織させないこともできます。つまり、全幅に緯糸を通さなくてもよく、縫い取りと同じものが作れます。この場合、組織的には弱くなるので、地糸は耳と組織させます。柄の部分を最小限の糸で埋めていくイメージでしょうか?
「つづれ」 力織機(シャトル織機)の場合
こちらも、全幅に緯糸を通さなくてもよいので、作ることが可能です。生地をしっかりさせるために、つづれを構成する糸同士を交差させるようにします。このように、「縫い取り」も「つづれ」もシャトル織機で作ることが可能です。
それでは、シャトル織機ではなくレピア織機を使用してこれらの技法を使えるでしょうか。レピア織機は、シャトル織機より生産性は高いですが、横方向に配置された糸は、次の横入れの前に糸が切られてしまいます。「つづれ」も「縫い取り」も糸がつながっているのが条件だと考えると、できないというのが結論となります。
「縫い取り」 力織機(レピア織機)の場合
しかし、糸がつながらなくてもいいのであれば、「縫い取り」の様な柄を作ることはできます。例えば、「縫い取り」と同じように柄を出そうとすると、柄の部分の裏に糸が残り、耳に組織されています。この組織されていない糸を製織後に切断し、取り除くことで、「縫い取り」ほぼ同じことができます。この技法の名前は「裏切り」と呼ばれます。裏側にある組織されていない糸をカットすることが名称の由来だと思われます。この技法は細かい柄を表現するときはジャカード織機が多く使われ、また、組織されていない糸を切るため、この技法は「カットジャカード」とも呼ばれることがあります。
柄の緯糸を端から端まで通さず作る技法として、「縫い取り」と「裏切り」があります。その使い分けは、糸の素材で使い分けられることが多いようです。つまり、価格の高い絹であれば、シャトル織機で「縫い取り」を用い、価格の安い合成繊維では、レピア織機で「裏切り」を用います。生産性はレピア織機の方が高いのですが、糸を切って捨ててしまうことになります。価格は、原料代の他に生産費(織機の使用時間、裏切りに加工費)も加わりますので、どちらが安いかケースバイケースとなります。
また、「縫い取り」は、きれいな柄が厚ぼったくなく表現できます。そのため、透け感のある地の組織を設計することが多いようです。一方、帯では、ボリュームが必要なとき、裏切りを同じ技法で織り、柄を表現する時に、糸を切らずそのまま縫製することもあります。糸が余分にあるので、ボリューム感が出ます。このときの中の糸は「あんこ」と呼ばれることもあります。
「つづれ」 力織機(レピア織機)の場合
レピア織機の場合は、緯糸を耳に組織させ、糸を切断させていくため、「裏切り」のように糸を渡すことができますが、糸と糸の交差ができず、「つづれ」はできません。
「両面縫い取り」の可能性
「片面縫い取り」があるなら、「両面縫い取り」も原理的には可能なはずです。手織りでは、織機を立てて使用することがあります。この状態では経糸が垂直になり、織機の前後から独立して糸を縫い取ることができると考えられます。
手機の技法を学ぶ意義
織物の歴史において、手機の時代は圧倒的に長く、その中で多様な技法が生み出されてきました。現代の工業化された技法の中でも手機の技法を起源としたものがあります。だからこそ、手機の技法を調べ、学ぶことには大きな意義があります。例えば、①織物組織の本質的な理解が深まる、②現代技術の背景が見えてくる、③新たな表現の可能性が開ける。このように、手機の技法は、織物の知恵の宝庫なのです。
